歴史と沿革

どの民族でも医療の原点はシャーマンと言って、呪術にゆだねられていました。その後、医療はシャーマンと切り離され、発展して現在に至ります。ハリの起源は、へん石という石で作られた一種のメスのようなものだと言われています。その後に体の中に深く刺すように、骨や金属を加工し、細長いものに変化していったものが、現在の鍼の原型です。

上の図は、扁鶴(へんじゃく)という古代中国伝説の医師のレリーフと推測されるものです。

扁鶴は鍼治療の始祖とされ、また現存する古典・ハリ治療の問答集である『難経八十一難』を編纂したといわれています。また彼は、『巫を信じて医を信じない者の病は癒えない』との名言を残したとも言われています。

扁鶴のこの言葉は医療と巫(シャーマニズム)を分離することを意味しています。とても大切な言葉です。まじないに頼っていて、医療を信じない者の病気は治らないということです。レリーフでは半人半鳥で描かれています。伝説では扁鶴は神格化され、超能力があったとも言われています。それは沢山の臨床経験により、直感的になり、病状をイメージ化できるようになったからなのでしょう。それが庶民には不思議だったと思うのです。

 

中国は長い歴史をもっています。古代中国の王は不老不死を求めていました。食事と健康との関連にも深い関心がありました。「医食同源」という言葉の由来は、古代からの健康に対する関心の高さの表れです。自然界と人との関わりを「天人合一」と言いいます。

 

先ほどのシャーマン=まじないのことです。シャーマニズムは現在も形を変え存続しています。人が困難な状況下にあった時、そして神も仏もないような苦しい経験をすると、価値観は根底から変化してしまいます。そんな時なにかに頼ろうとする気持ちは、誰でも察することが出来ますね。「お払いでもして貰いなさいという言葉が自然に出ますね。」(お払いが悪いいうことではありません)

しかし、物事には道理があります。自然界の摂理と人との関わりにも、そして社会の価値観の変遷にも歴史的な背景があります。健康であることも、病気になることも全て理由があるのです。

 
中国伝統医学の根本的な書

中国伝統医学の根本的な書とされるものに「黄帝内経素問・黄帝内経霊枢」があります。

黄帝は、漢族最初の統一国家を建設したと伝える帝王で、名を軒轅(けんえん)といいます。古代中国の伝説上の人物で、衣服,舟車,家屋などを創始した一種の文化的英雄とされます。

「黄帝内経霊枢」は鍼灸の施術法などの根本的な書です。「黄帝内経素問」は生理、病理、衛生を論じています。さらに人体の内部環境と自然環境との因果関係や心理的な病因まで 言及しています。

前代のホリスティックな考えに近いといえます。その他、たくさんの文献がありますが、ここまでの紹介にとどめます。

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